新三河タイムス社

愛知県豊田市にある新聞社。豊田市、みよし市の情報を発信。

わが街我が人~夢~

叱らず個性伸ばす育児法伝授
母親学教室19日に開校 岩田真由美さん


20141113わが街わが人

子どもの好奇心を活かしつつ叱らずに知能と才能を伸ばす母親向け教室「TOEベビーパーク新豊田教室」が19日に若宮町にリニューアルオープンする。オーナー岩田真由美さん(39)=日之出町=は「幼児教育はたくさんあるが、自分の子どもに通わせたいと思ったのはこれ。受講者で5年、10年後に活躍する子どもが出るといい。全てのママに体験だけでもしてほしい」と呼びかける。
 東京中央区が本社。豊田市ではまだ1店舗しかなく知らない人も多いが、子どもが能力豊かに育つための育児法を母親に伝授する。脳自体を高度に作る教育は3歳までが適し、対象は5歳まで。0から3歳児親子向けの「ベビーパーク」と3歳からの「キッズアカデミー教室」がある。
 教室では育児相談、運動能力・手先の器用さ社会性を育てるベビーマッサージや手遊び歌、絵本読み聞かせなど150種のアクティビティ、叱らず個性を育てる育児法を学ぶ母親学講座などを1講座50分間行う。「みんなと同じことを時間内にやることが大切ではない。ママに知ってもらい、家でもやってもらうことが大事」と語る。1クラス3-5組の少人数制で講師は子どもを持つ人のみ。
 以前は日南町で開講していたが、オーナーは別人。「駐車場が入りにくく、前経営者は市外の人。地域に密着した人が望ましいと本部の方針もあり、移転してスタートすることになった。ワクワク感でいっぱい」と笑顔で意気込みを語る。
 弥富市出身。地元の小中学校を卒業後、桜花学園高校(名古屋市)へ。「高校時はずっとハンドボールをしていた」と「体育会系」。中京大体育学部を卒業後スイミングなどスポーツ系インストラクターに。
 昨年12月、豊田出身の夫との結婚を機に移住。結婚前から8月まで健康体操教室カーブスで約1年間勤務。職場は桑名市で通勤が遠く、夫が検討していたこともあり、オーナーとして始めた。「コンビニや飲食店などあらゆる分野を考えた中でベビーパークは夢のある仕事。将来子どもができたら幼児教育は大事と調べ、本部に話を聞き納得して決めた」と熱く語る。☎0120-415-181 
【瓜生】

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わが街わが人~障がい者支援~

当事者として物言っていく
送迎サービス行う NPO理事長 木本光宣さん


20141016わが街我が人

 22年前から車いす生活者への送迎サービスを行うNPO法人「豊田ハンディキャブの会」理事長、木本光宣さん(42)=市木町。
 23年前、母体の「ユートピア若宮」が設立された。「初代代表が自宅を改装し、障がいの有無関係なく集まれる場を作った。そこに仲間3人で住み始めた」。話すうちに障がい者は親とはできても1人で出かけるのが困難、1人で遊びに行きたいという仲間の思いが集まった。「たまたま福祉車両の寄付を契機に送迎サービスを始めた」と振り返る。
 現在は5台の車両を保有。運賃は距離によるがタクシーの約半分で利用できる。最近は目的が通勤、通学、通院、デイサービスへと変化。「遊びが減ったのではなく、生活にどうしても必要な需要が増えてきた。障がい者で外に出ようと思う人が増えたのも大きい。引きこもらず活動的になってきたのはいい」。一方、運転ボランティアは不足。「福祉全体が人材不足。定年者など余暇がある人は手伝ってほしい。社会との接点を持つのもいい」と呼びかける。
 豊田市独特の問題として公共交通機関が使いづらいと指摘。例えば会の最寄り駅は無人駅。車いすで電車に乗ろうと思うと1時間前に予約、駅員が来ないと乗れない。「無人駅にしたのは経済的理由と思うが、しわ寄せが弱者に来る」 
 また、ボランティアへの依存も大きな課題だという。「社会がどんどんよくなりニーズも減っていくと思っていたが実際は増える一方」。年約2800件の依頼があり、ボランティアでは限界。「今後は行政と障がい者の足をどうするか考えつつ次へ進んでいかなくてはならない」と強く訴える。
 豊明市出身。岡崎市養護学校卒業後、「けやきワークス」(栄町)に入った。その後、豊橋市の一般企業で3年間勤め、職員として会に戻った。10年前に結婚、3年前から豊田市で暮らす。会の理事長には4年前、ユートピア若宮代表も02年から務める。生まれつき脳性麻痺で1種2級の障害者手帳を保有。「障がい者が理事長の会はない。当事者として物を言っていくよう心がけている」。
 弱者目線で強く重く投げかける。 
【瓜生】

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わが街わが人~若者~

海外に目を向け視野広く
スポーツ交流事業 市民で初の独派遣 白石知聖さん


20141009わが街わが人

8月初めから18日間、日本体育会の「第41回日独スポーツ少年団同時交流事業」でドイツを訪れた愛知教育大1年白石知聖さん(18)=上原町。「男の子はサッカー好きで暇さえあればやっていた。滞在中現地のスポーツ少年団員とバレーやバトミントンなどを一緒にやったが、どれも上手い。日本よりスポーツしやすい環境が整っていて生活に根付き盛んだと感じた」。自身の体験を熱く語る。
 豊田市スポーツ少年団の豊田剣友会で剣道の指導者・競技者として活動を続け、市民として初の派遣者に選ばれた。「高校のころ先生に誘われ、自分の中で行きたい気持ちが強くなった。受験が終わったので応募した」と渡独切符を手にした。
 父が剣道をしていたことから梅坪台中の部活動で始めた。「剣道は練習して実際に自分が技術を身につけられるのが魅力」と語る。
 ドイツでは最初と最後の各3日間は日本団125人で、残りは愛知、岐阜、三重から派遣された東海グループ10人で活動した。2つの村の両家庭にホームステイしながら乗馬、射撃、アーチェリー、サッカーなどのスポーツ交流や洞窟や城、修道院などを見学するなど充実した日々を過ごした。「料理などドイツ的な生活にふれられた。風呂は朝に入るのが習慣。夜入ろうとして驚かれた。食事も初めは苦手意識があったが、生活するうちに美味しく感じた。実際行ってみてよかった」と笑顔で話す。さよならパーティーでは日本団員が民謡や空手などを披露。「日本の文化を伝えることも大切と思った」。グループのほか9人は高校生。「年齢など関係なくふれ合え嬉しかった。日本人内でも新たに交流が生まれた」と瞳を輝かす。
 愛教大付属高卒業後、不登校に興味があり、心理面から学びたいと大学に通う。「将来は小学校の先生になるのが夢。体験を生かし、さまざまな国に目を向けるよう子どもたちに伝えられる先生になりたい。豊田市は外国人の子どもも多い。各国を知ることは大切。広い視野で学んでほしい」
 言葉の違いでコミュニケーションを取るのに苦労。「もっと英語力があれば有意義だった」と笑う。 
 【瓜生】

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わが街わが人~農業~

多品種少量栽培と直売で差別化
ぶどう農家 JA部会長 岩附健司さん


2014102わが街わが人

JAあいち豊田ぶどう部会長を務める岩附健司さん(49)=手呂町=は「会で自分が最も若い。後継者が育たず、解決策が見つからない」と頭を悩ます。
 野菜農家だった実家が中学の時に転作事業でぶどう農家に転じた。「夏休みに手伝った。スイカはしんどかったが、ぶどうを作るのは魅力的だった。実際やってみると奥が深く、やればやるほど難しいことが出てくる。約30年やっているが、名人と言われる人にはかなわない」と穏やかに語る。
 市場出荷せず直売店のみで販売。さまざまな品種を少量栽培することで差別化を図る。「市場に出てない品種を作っている。ここに来ないと食べられないものもある」と胸を張る。デラウエア、巨峰、甲斐乙女など約17種を扱い、珍しいのは竜宝や紅伊豆。「市場で売られるのは輸送に耐えられないとダメ。ここでは車で少し揺らしただけで粒が落ちる品種でも販売できる」と利点を強調する。
 日持ちは収穫時間で異なる。朝採りしてすぐ販売できるのも直売所ならでは。「日中の暑い時間に収穫するとすぐ痛んでしまうので夜明け前に収穫する」。出荷量は25㌧に上る。今年は8月上旬から9月中旬に開店。矢作川の東側で営むのは3軒のみ。ほとんどが近距離の客で約2000人が来店。「対面販売で自分が作ったぶどうを直接お客さんに買ってもらえ、美味しかったとの声や反応がすぐに返ってくるのが嬉しい」と笑顔。価格も自ら設定でき「消費税を除き10年前から変わらない」と笑う。
 今年は台風や鳥獣害で収穫量は例年の2、3割減。「イノシシは毎年来る。対策しても効果的なものがない」と苦渋の表情。果樹農家は農繁期と農閑期の差が激しく、「暇な時は家族だけで間に合うが、忙しい春夏はパートを雇う。短期間だけだと人手を集めるのが難しい」と苦心する。
 平井小、高橋中、猿投農林高、県立農業大学校(岡崎市)に進み、卒業後すぐ実家を継いだ。最近は皮ごと食べられるぶどうが人気。「いま栽培しているのはシャインマスカットのみだが、他にも色々な品種があるので今後手がけてみたい」
 一呼吸して、また来期に臨む。 
【瓜生】

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わが街わが人~夢~

父と二人三脚で技術磨く
日本Jrゴルフ選手権に出場 伊藤夏樹さん


20140911わが街我が人

豊田市石野中3年の伊藤夏樹君(14)=芳友町=が8月20-22日に埼玉県であった「日本ジュニアゴルフ選手権」に中部代表として出場した。結果は32位だったが、予選をかねた中部大会では優勝するなど全国レベルで戦う手応えをつかんだようで「技術的には充分やれた。今後は相手を意識せず自分のプレーに集中できる精神力を磨かなくては」と目標を語る。
 大会には12-14歳の中学生54人が出場。3日間の日程で行われ、トータルスコアを競った。伊藤君は初日と2日目をそれぞれ77、76のスコアでまとめ予選を通過。決勝ラウンドに進出したが最後に81と大きくスコアを崩した。「予選を通過し安心してしまった。何より上を目指す気持ちが足りなかった。来年は優勝だけを見据え調整したい」
 一方、本戦前の予選では過去最高のプレーを見せた。予選通過を最低限の目標に挑んだ県大会。「ゾーンに入ったというか何から何まで上手くいった」と振り返るようにドライバー、アイアン、パターとも絶好調で、自身のベストスコアを3打更新する67を叩き出し2位に食い込んだ。
 さらに勢いは東海、北陸の代表50人がエントリーした中部ジュニア選手権(2日間)でも続いた。両日とも気温が37度に迫る中、初日をイーブンで回り3位に。優勝を意識したのか2日目はOBを叩く場面もあったが、ショートアイアンがキレをみせ6バーディー、4ボギーの70で回り、初優勝を手繰り寄せた。
 ゴルフを始めたのは2歳。父親の練習に付いていったのがきっかけで、自然とクラブを握るように。これまで教室に通うなど専門的な指導を受けることなく、父親と二人三脚で技術を突き詰めてきた。本格的に大会に出場するようになってからもスタイルは一貫しており、父親への信頼は絶大だ。
 「将来はプロになることしか考えていない」と伊藤君。授業後にはゴルフ倶楽部大樹豊田コースで毎日練習、土日曜は県内の強豪・栄徳高の部員に交じりコースに出るなどゴルフ中心の日々を送る。「上に行くための努力だからすごく楽しい。将来賞金王になれるよう頑張りたい」と力を込める。 
【九郎田】

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