新三河タイムス社

愛知県豊田市にある新聞社。豊田市、みよし市の情報を発信。

挙母探訪 鬼浅の「瓦の芸術」

樹齢300年の「おばけエノキ」発見
心地よい日差しと爽やかな風に誘われて、豊田市近代の産業とくらし発見館(喜多町)の自由散策企画「春のぶらコロモ」に参加。挙母の歴史と鬼瓦を探検しながら歩いた。

同館で鬼浅こと古橋浅治郎の展示を見学。学習室にある鬼浅の作品集「瓦の芸術」を閲覧し準備は万端。地図を受けとりいざ出発。
 まずは国道248号線まで歩き児の口神社に向かう。「児の口公園」には親子連れらがのんびり過ごす姿が見かけられる。公園の西の奥に神社はある。ここには古事記にも記された挙母の名前の由来、三川衣ノ君落別王の墓とされる古墳がある。1300年続く衣(挙母)の歴史を感じながら次のチャックポイントへ向かう。
 路地を進むと森嶋内科を発見。建物は建て替えられているが、細かな細工が施された鬼瓦が飾られている。芸術的な鬼浅の作品だ。
 そのすぐ横に真新しいシルバーの「竹生の山車」の格納庫がある。その向かいには昔の木造の格納庫があり、下町の風情を感じる。
 通りを渡り石柱の間を左に入ると正面に「徳住寺」がある。山門屋根と横に置かれた鬼浅の作品をチャック。さらに路地を進むとおばけエノキが見えてくる。幹回りは4㍍、高さ15㍍、樹齢はなんと300年以上と云われる。竹生通りが挙母から梅坪へ抜ける街道だったことから目印に植えられたと伝えられ、市の名木にも指定されている。
 大通りに出て歩道を歩くと「若宮神社」が右手に見える。樹齢700年、幹回り7㍍、高さ20㍍のクスノキがあり、市街地のオアシスともいえる木陰を作りだしている。
 ここからは一気に「喜楽亭」まで歩く。産業文化センターの敷地内にあり、お茶室や展示に使われている。明治後期から1967年まで料理旅館として使われ、82年に神明町から現在の場所に移転された建物。

あちこちに残る繊細で福々しい鬼瓦に感動
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(三河別院挙母支院の鐘つき堂)

再び駅の東側まで歩き、「三河別院挙母支院」へ向かう。山門を見上げると屋根の4隅全てに異なる鬼瓦を発見。福々しい面持ちのさまざまな鬼瓦を見比べながら山門をくぐり境内に入る。鐘つき堂には素晴らしい龍の鬼瓦が掲げられている。これも鬼浅の作品。
 反対側の山門を抜け 「こんな路地があったのか」と思いながら、地図を片手にキョロキョロしていると、「何かお探しですか?」と声をかけられた。「安栖院は?」と言いながら見上げると左手に発見。

20130516鬼がわら2
(安栖院)

徳川家の菩提樹である大樹寺(岡崎市)の末寺で、15年に挙母へ移転、30年に現在の地に移された。屋根には大きな葵の瓦紋が掲げられている。
 散策も終盤に近づき、「桜城址公園」に到着。矢作川の水が何度も洪水であふれ、工事が進まないので、童子山に移され、桜城は幻の城となった。
 最後のチェックポイント、日本で初めて南極を探検した「白瀬中尉終焉の地」を巡り 約2時間のコースを終えた。
 普段は車で通り過ぎている所も、一歩路地に入ってみると、全く別の街並みが広がり、気になっていた店を見つけたり、瓦の芸術に触れたり多くの発見ができた。 
 同館担当学芸員の小西恭子さんは「クルマの町豊田の挙母の歴史を感じ、挙母と呼ばれたころの町をぜひ探索してほしい」と話す。
夏には水をテーマにした「夏のぶらコロモ」を予定。
【岡田さち代】


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